誓いの道 〜リツコの再生物語〜
その日、リツコは、朱色に連なる鳥居の前に立っていた。
彼女は、いつも完璧だった。仕事では誰よりも成果を出し、プライベートでも妥協を許さない。周囲からは「強い人」と尊敬され、その凛とした姿は誰もが憧れるものだった。しかし、彼女自身は知っていた。その完璧さの裏には、自分を縛り付けてきた「恐れ」があることを。失敗すること、弱さを見せること、そして誰かに頼ること。それらすべてを拒絶することで、自分を守ってきたのだ。しかし、その鎧は、彼女の心までも硬く閉ざしてしまった。
ドラマチックフォトグラファーである私に依頼したのは、「この場所で、もう一度、自分と向き合いたい」という、彼女の静かな、しかし確固たる決意からだった。
撮影は、朝の光が差し込む、誰もいない参道から始めた。
朱色の鳥居が連なる光景は、まるで彼女がこれまで歩んできた、完璧で孤独な道のりを象徴しているようだった。 最初は、ぎこちなかった。カメラを向けると、いつもの「強いリツコ」が顔を出す。私は焦らず、ただ彼女に語りかけた。
「リツコさん、ここは神聖な場所です。弱さを見せても、誰も咎めません。あなたの心を開いて、好きなように歩いてみましょう」
私の言葉に、彼女はゆっくりと目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
そして、次の瞬間、彼女は顔を上げ、一歩を踏み出した。 まるで、これまでの自分に別れを告げるかのように、力強く、そして堂々と。
朱色の鳥居をくぐるたびに、彼女の表情は変化していった。 最初は戸惑いがちに、やがて楽しそうに、そして最後には、心からの笑顔を見せた。
私は無心でシャッターを切った。レンズ越しに見る彼女の姿は、完璧な鎧を脱ぎ捨て、心を開放した、一人の女性の姿だった。
朱色の鳥居を背景に、凛とした表情で前を見据える姿。 小さな花に目を留め、そっと微笑む無邪気な姿。 そして、夕日の光に包まれ、安堵したように涙を流す、素直な顔。
一枚一枚の写真が、彼女が過去の自分と決別し、新しい人生へと歩み始めた瞬間を物語っていた。
撮影を終え、社を後にするリツコの足取りは、来た時とは全く違っていた。顔には、確かな自信が満ち溢れ、その瞳は、未来への希望に輝いていた。
数日後、出来上がった写真を見せた時、リツコは静かに写真を見つめ、そして深く頷いた。
「渡瀬さん、私、こんなにも柔らかな顔で笑えるんですね。鎧を脱いだ私の方が、ずっと強いって気づきました。この写真が、私を前に進めてくれる、最高の『誓い』になりました。本当にありがとうございます。」
一枚の写真が、一人の人生を変えることがある。
五社稲荷社の朱い鳥居は、リツコの決意を祝福し、彼女の心の奥に眠っていた「本当の自分」を解放させた。そして、その解放を永遠に刻んだ一枚の写真が、彼女の未来を鮮やかに照らし出した。
清々しい風が、リツコの新たな物語の始まりを、優しく祝福していた。

