寺院に響く、過去と未来の音 〜サキの再会物語〜袋井寺院ポートレート
その日、サキは法多山の石段を、まるで過去を辿るようにゆっくりと上がっていた。
彼女がこの寺院を訪れるのは、高校生以来のことだった。当時、吹奏楽部に所属していた彼女は、全国大会を前にして、大きな挫折を経験した。完璧な演奏を求めるあまり、プレッシャーに押しつぶされ、音楽を心から楽しむことを忘れてしまったのだ。あの時の苦い思い出が、今も心の奥底に沈んだまま、彼女の人生を重くしていた。
「今日は、好きなだけ歩いてみましょう。何か、音を聞いてみませんか?」
ドラマチックフォトグラファーである私の提案に、サキは少し戸惑った表情を見せた。
撮影は、奥の院へと続く参道をゆっくりと歩きながら始めた。
苔むした石段、古木から伸びる力強い枝、そして、風に揺れる葉の音。しかし、彼女の耳には、それらの音が届いていないようだった。心は過去の記憶に囚われたまま、シャッターを切るたびに、どこか作り物の笑顔がこぼれた。
私は焦らず、ただ彼女に寄り添うようにシャッターを切り続けた。
やがて、本堂にたどり着いた時、遠くから雅楽の音が聞こえてきた。その音色は、彼女がかつて愛した音楽の響きに似ていた。
「この音、なんだか懐かしい…」
サキの瞳に、かすかな光が宿った。 私は、その瞬間を逃さず、シャッターを切った。
音に導かれるように、彼女はゆっくりと歩き出した。 その足取りは、来た時とはまったく違っていた。まるで、過去の自分と向き合う決意をしたかのように、まっすぐ前を見据えていた。
ふと、石段の隅に小さな花が咲いているのが見えた。 彼女はしゃがみこみ、そっとその花に触れた。
「こんなところに、こんなに綺麗な花が…」
その時、彼女の心に、忘れかけていた感情が蘇ってきた。 それは、音楽を心から愛し、仲間と共に音を奏でていた、あの頃の純粋な喜びだった。
一枚の写真が、彼女が過去の自分と再会し、新しい自分を見つけた瞬間を物語っていた。
撮影が終わり、山門を後にする彼女の顔は、驚くほど晴れやかだった。
数日後、出来上がった写真を見せた時、サキは涙を流した。
「私、あの時、自分のことばかり見ていたんですね。周りの音、仲間の声、何も聞こえていなかった。でも、この写真の私、すごくいい顔をしてる。この写真が、これから私の人生を前に進めてくれると思います。また、音楽をやってみようかな…」
一枚の写真が、一人の人生を変えることがある。
寺院という場所が、彼女に過去を振り返る勇気を与え、新しい自分と出会うきっかけをくれた。そして、その出会いを永遠に刻んだ一枚の写真が、彼女の未来を照らし出した。
清らかな風が、サキの新たな物語の始まりを、優しく祝福していた。

