寄り添う影、導く光 〜ユリとレオの砂浜物語〜

その日、豊橋の砂浜に立つユリの姿は、まるで迷い子のようだった。

隣には、愛犬のレオが、いつものように無邪気に尻尾を振っている。ユリは、長年勤めた会社を辞めたばかり。仕事一筋で生きてきた日々の中で、本当に大切なものを見失いかけていた。目の前に広がる海はどこまでも広いのに、彼女の心は、小さな箱に閉じ込められたままだった。唯一、そばにいてくれるレオだけが、彼女を現実と繋ぎ止める存在だった。

ドラマチックフォトグラファーである私に依頼してくれたのは、「この空白の期間に、新しい自分を見つけたい」という、静かでありながら切実な願いからだった。そして、「この子(レオ)との時間を、形に残したいんです」と、少し照れくさそうに付け加えた。

撮影は、風が強く吹く夕方を選んだ。 潮風がユリの髪を乱し、ワンピースの裾を激しく揺らす。最初は、風に抗うように、硬い表情をしていた。私は焦らず、ただシャッターを切り続けた。

「ユリさん、風に身を任せてみてください」

私の言葉に、彼女はゆっくりと目を閉じ、両手を広げた。その瞬間、レオがそっと彼女に寄り添い、その腕に顔を埋めた。

強風が吹きつける。しかし、不思議とユリの顔からは、緊張が消え、どこか安堵したような表情が浮かび上がった。まるで、これまで背負ってきた重荷を、レオと風がすべて吹き飛ばしてくれるのを待っているかのようだった。

やがて、彼女はゆっくりと歩き出した。レオもまた、彼女の足取りに合わせて楽しそうに跳ねる。波打ち際まで進み、冷たい波が足元を洗う。レオは波に怯えることなく、ユリのそばにじっと寄り添っている。

その瞬間、ユリはふと、はにかむように笑った。

「なんだか、全部どうでもよくなりました…この子がいるから、大丈夫って思えて…」

そう言って、彼女はレオの頭を優しく撫でた。その眼差しは、これまで見たことのないほど穏やかで、愛に満ちていた。

私は無心でシャッターを切った。レンズ越しに見る彼女の姿は、まるで海から生まれたばかりの女神のようだった。夕日が彼女とレオの横顔を金色に照らし、二人の間に流れる静かな絆を際立たせる。

一枚一枚の写真が、ユリが過去の自分と決別し、レオというかけがえのない存在と共に、新しい人生へと歩み始めた瞬間を物語っていた。

撮影を終え、砂浜を後にするユリの足取りは、来た時とはまったく違っていた。顔には自信が満ち溢れ、その瞳は希望に輝いていた。

数日後、彼女から届いたメッセージには、こんな言葉が添えられていた。

「渡瀬さん、写真を見て涙が出ました。そこに映っていたのは、私がずっと探していた『私』でした。レオが、ずっと私を支え、導いてくれていたんだと、改めて気づくことができました。この写真が、これから私の人生を前に進めてくれる原動力になります。」

一枚の写真が、一人の人生を変えることがある。

潮風が、ユリの心の影をすべて連れ去ってくれた。そして、彼女の隣には、いつも変わらず愛をくれるレオという存在がいた。

豊橋の海は、今日も、誰かの新しい物語の始まりを、静かに見守っている。

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